2 Sam 21 · 2 Sam 17 · 2 Sam 22 · 2 Sam 182 Sam 21 · 2 Sam 17 · 2 Sam 22 · 2 Sam 18
Devotion 1 of 4: 2 Sam 21
To stop a famine, David wanted to make atonement with the Gibeonites for Saul killing them (v.1-3). They said they wanted 7 descendants of Saul, so David found handed them over, and they were hanged (v.5-9).
Among the 7 descendants of Saul were 5 sons of Michal (v.8). 2 Sam 6:23 says Michal had no children, so is there a contradiction here? No, there isn’t. These 5 boys were not Michal’s, but her older sister Merab’s sons.
Merab was supposed to marry David, but she was given to Adriel instead (1 Sam 18:19). Later, she apparently died, and Michal took care of her 5 sons. That’s why v.8 says “whom she brought up for Adriel.”
So, Michal was doing her best to raise up 5 nephews. But her hard work was crushed in a moment! Why? Because of the sins of her father, who ignored the covenant Joshua had made with the Gibeonites and killed them!
Let’s pray for fathers and leaders to keep promises and the law so their followers don’t suffer needlessly!
デボーション1/4:2 Sam 21
飢饉を止めるために、ダビデはサウルがギブオン人を殺したことに対する償いをしたかったのです(1-3節)。彼らはサウルの子孫7人が欲しいと言ったので、ダビデは彼らを引き渡し、彼らは死刑されました(5-9節)。
(以後の文は英訳とヘブライ語聖書に基づいている。和訳は違う。)サウルの子孫7人の中には、ミカルの息子が5人いました(8節)。2サム6:23には、ミカルには子供がいなかったとありますが、ここに矛盾があるでしょうか?いいえ、ありません。この5人の男の子はミカルのものではなく、彼女の姉メラブの息子たちです。
メラブはダビデと結婚するはずでしたが、代わりにアデリエルに与えられました(1サム18:19)。後に彼女は亡くなったようで、ミカルが彼女の5人の息子の面倒を見ました。そのため、8節には「アデリエルのために育てた」と書かれています。
つまり、ミカルは5人の甥を育てるために最善を尽くしていました。しかし、彼女の努力は一瞬で打ち砕かれました!なぜでしょうか?それは、ヨシュアがギベオン人と結んだ契約を無視し、彼らを殺した彼女の父親、サウル王の罪のためです!
追随者たちが不必要に苦しまないために、父親や指導者たちが約束と律法を守るように祈りましょう!
The English text is not available for this passage. The Japanese text is shown below.
デボーション2/4:2 Sam 17
この章では、アブシャロムの2人の顧問、アヒトフェルとフシャイの物語が描かれています。アヒトフェルの助言は良いもので、従えばダビデに対して勝利できるでしょう(1-4節)。
フシャイの助言は偽りです(7-14節)。それはダビデを助けるために作られたフェイク・ニュースです。通常、これは悪いことであり、従うべきではありません。
しかし、この状況では、アブシャロムは邪悪であり、神に選ばれた器であるダビデを殺そうとしています。したがって、この場合、アヒトフェルの良い助言は悪いものであり、フシャイの偽りの助言は良いものです!
この物語からわかるように、善悪の判断は複雑になることがあります!私たちはまた、人々の心の動機と目的を見極める必要があります!
最終的に、フシャイは偽りの報告でアブシャロムを騙すことに成功し、ダビデを災難から救います!終末の時、反キに迫害される時、私たちも人命を救うために偽の情報を与える必要が起こりえるでしょう。そうすることを恐れないようにしましょう。
Devotion 3 of 4: 2 Sam 22
V.21-25 say, “The Lord rewarded me according to my righteousness; according to the cleanness of my hands He has recompensed me. For I have kept the ways of the Lord, and have not wickedly departed from my God. For all His judgments were before me; and as for His statutes, I did not depart from them. I was also blameless before Him, and I kept myself from my iniquity. Therefore the Lord has recompensed me according to my righteousness, according to my cleanness in His eyes.”
These are amazing words by David. They are amazing to us because we know David committed terrible sins of adultery and murder, beside other sins. And yet, he writes these words as if he was a pure, righteous man! How could he do that? The answer is he could do it because he repented before God, and God forgave him! David knew that “As far as the east is from the west, so far has He removed our transgressions from us” (Ps 103:12)!
Let’s have faith in God’s forgiveness, too, so we never give in to condemnation but walk freely in the Spirit!
デボーション3/4:2 Sam 22
「主は、私の義にしたがって私に報い、私の手のきよさに従って私に償いをされた。私は主の道を守り、私の神に対して悪を行わなかった。主のすべてのさばきは私の前にあり、そのおきてから私は遠ざからなかった。私は主の前に全く、私の罪から身を守る。主は、私の義にしたがって、また、御目の前の私のきよさにしたがって私に償いをされた」(21-25節)。
これはダビデの驚くべき言葉です。ダビデが他の罪に加えて姦淫や殺人というひどい罪を犯したことを知っている私たちにとって、これは驚くべきことです。それにもかかわらず、彼は自分が純粋で正しい人であるかのようにこれらの言葉を書いています。どうして彼はそんなことができたのでしょうか。答えは、彼が神の前に悔い改め、神が彼を赦したからです。ダビデは「東が西から遠く離れているように、神は私たちのそむきの罪を私たちから遠く離される」ことを知っていました(詩103:12)。
私たちも神の赦しを信じて、決して罪責感に屈することなく、御霊の中で自由に歩みましょう。
The English text is not available for this passage. The Japanese text is shown below.
デボーション4/4:2 Sam 18
この章はアブシャロムの死と2人の走者についてです。アブシャロムとダビデ軍の戦いは激しく、多くの死者が出ました(8節)。アブシャロムは逃げますが、長い髪が木の枝に引っかかり、ぶら下がったままになります(9節)。ヨアブはそれを聞いて彼を殺します(14節)。
その後、ヨアブはクシュ人の走者をダビデに報告に送ります(21節)。しかし、アヒマアツも行きたいと言います。最初、ヨアブは王の息子が死んだので「だめだ」と言います(20節)。しかし、アヒマアツが譲らないので、ヨアブはついに彼を行かせます(23節)。彼はクシュ人を追い越し、ダビデに1番で到着します!彼は王に勝利したと伝えます(28節)。しかし、ダビデがアブシャロムについて尋ねると、彼は騒ぎを見たが、それが何なのかは知らなかったと言います(29節)。
クシュ人が到着すると、彼はダビデに知りたいことを話します(32節)。アヒマアツは戦いと騒ぎに興奮し、ヨアブはアブシャロムが死んだと言っても理解できませんでした。彼はリバイバルに興奮し、集会に出席するのが大好きな信者の例ですが、リバイバルと回復について尋ねられると、御言葉を理解していないため説明できません。クシュ人のようになりましょう。
— Pastor Elmer Inafuku
